「たましいのステージ:罪と罰1」
病気や苦しみにはそれらを引き起こすことになった原因があります。
神様が創られた宇宙には偶然の出来事は存在しません。
だから病気や苦しみには必ず原因があります。
これを「原因と結果の法則」といいます。
私たちの生活、宇宙とそこに存在するすべては
神様がお造りになられた「神の法則」のもとに成り立っています。
「原因と結果の法則」はその法則の一つになります。
「神の法則」は自然の摂理
病気や苦しみは「神の法則」に反した結果生み出されたものです。
宗教的な表現をするならば「神の法則」に反したことが「罪」その結果が「罰」ということになります。
「罰」というと恐ろしいイメージがありますが
その罰は決して嫌悪するものではありません。それについては後に述べさせていただきます。
「罪」とは
まず「罪」についてお話させていただきます。
「罪」、「カルマ」とも言われています。
結論から言わせていただきますと
「罪(カルマ)」は物質主義・本能主義に発した「利己的行為」のことです。
利己的行為は「神の法則」に反することです。
利己的な行為の中には程度の酷いものから、軽いものまで様々なレベルがあります。
大半の人間が前世を含めたこれまでの人生のなかでいろいろな「罪(カルマ)」をつくりだしています。
大きな「罪(カルマ)」小さな「罪(カルマ)」それは個人によって様々です。
多く抱えている人もいれば、ほとんどないという人もいます。
「罪(カルマ)」の現れ方もその量(程度)によって違い、それに見合った病気や苦しみが「罪(カルマ)」として現れるようになります。
例えば大きな罪(カルマ)は大病や生まれつきの心身の障害、
小さな罪(カルマ)は軽い病気や対人関係でのトラブルとして苦しみをもたらすようになります。
大半の病気の原因を根源までたどっていくと「利己的行為」という過去の事実にいたります。
前世を含めたこれまでの人生でおこなってきた「神の法則」への違反(利己的行為という罪)が現在の病気や苦しみを引き起こしているのです。
「大きな罪と小さな罪」
*大きな罪とは*
私たちのほとんどは前世を覚えていませんから前世の罪といっても混乱すると思います。
しかし前世でした行為が死後の世界や生まれ変わったときにストレートに影響をもたらすのは厳然たる霊的事実になります。
霊的事実の一部をありのままに述べさせていただければ
前世において他人を殺害したり、他人を冷酷・非道に扱ったり、周りの人々を自分の欲望のために犠牲にするといった酷い事をしてきた場合、それが大きな罪となって、来世には償いのために(ゼロの法則)苦しみが発生することとなります。
大病や難病・奇病、生まれつきの心身の障害といったケースはそうした前世でも罪が原因となっていることが多いのです。
前世において独裁者や権力者・お金持ちであった場合は多くの罪をつくりだしている可能性が高くなります。
反対に前世を貧困の中で過ごした場合、罪はずっと少なくなります。
*小さな罪とは*
小さな罪は現世の人生における利己的行為(悪口を言う・人を攻撃する・無駄なものを持つ・物への執着・わがまま)や利己的思い(否定・批判・嫉妬・妬み・自分への過小評価)、また肉体を不自然に酷使する行為(飽食・邪食・運動不足・過労など)を指します。
こうした小さな罪(神の法則への違反)に対してもそれに見合った苦しみが罰(履修課題)という形でもたらされます。
どれほど小さな利己的行為であっても、積もり積もればやがて神の法則の摂理によって苦しみという罰(履修課題)が自動的に発生することになります(ゼロの法則)
利己的な人間は、周りの人々から嫌われ寂しい境遇に置かれるようになります。
利己愛という罪は”人々から愛されない”という孤独・寂しさといった形で罰(履修課題)が与えられます。
肉体を不自然に酷使した場合は”病気”という形で罰(履修課題)が与えられます。
小さな病気・生活習慣病などの多くはこうした法則によって引き起こされた罰(履修課題)なのです。
最近多くみられる鬱病など精神疾患なども心を不自然に酷使した罪(原因)が引き起こした結果(罰)なのです。
ただし現世でつくりだした小さな罪やさほど根深くない罪は、本人の反省と自覚・悔い改めの努力によって清算することができます。
本人が気づき、病気や苦しみを受け入れ、正しい努力(神の法則の実践)をすることで現世の人生の間に罰(履修課題)の清算をすることができ、来世のステージが上がります。








